夏場になると皮膚科の診察室には、山や川で虫に刺された後に異常な腫れを訴える患者が数多く訪れますが、その多くが「ブユ刺咬症」によるものです。ブユによる被害は、一般的な蚊によるものとは病態が根本的に異なります。ブユの唾液腺に含まれる物質は非常に強力なアレルゲンとして作用し、皮膚に激しい炎症反応を引き起こします。これを放置したり、不適切な処置を行ったりすると、症状が長期化し、深刻な後遺症を招くことがあります。典型的な症状としては、刺された直後よりも翌日以降に悪化する「遅延型反応」が挙げられます。患部が赤く硬く盛り上がる「慢性痒疹」の状態になると、痒みは数ヶ月にわたって続くこともあり、患者の精神的なストレスは計り知れません。医師として特に警鐘を鳴らしたいのは、掻き壊しによる二次感染のリスクです。ブユに噛まれた場所は強い痒みを伴うため、無意識に爪で引っ掻いてしまいがちですが、そこから黄色ブドウ球菌などが入り込むと、伝染性膿痂疹、いわゆる「とびひ」や、さらに深い組織の炎症である「蜂窩織炎」へと発展する恐れがあります。こうなると抗生物質の投与が必要になり、入院加療を要するケースさえ存在します。また、多箇所を同時に噛まれた場合、全身にアレルギー反応が広がり、発熱や倦怠感、リンパ節の腫脹が見られることもあります。治療の基本は、初期段階での強力なステロイド外用薬の使用です。市販の弱い痒み止めでは太刀打ちできないことが多いため、異常な腫れを感じたら躊躇せずに専門医を受診することが、重症化を防ぐ唯一の道です。また、目や口の周りを噛まれた場合は、組織の疎な部分であるがゆえに顔全体が変形するほど腫れ上がることもあります。予防としては、前述のような防護策が基本ですが、万が一噛まれた際は、決して毒を絞り出そうとして指で強く圧迫しないでください。組織を傷め、かえって炎症を広げてしまいます。冷やすことは一時的な痛みの緩和にはなりますが、根本的な解決にはなりません。ブユ刺咬症は「たかが虫刺され」と軽んじてはいけない、医療的な介入が必要な疾患であることを理解し、自然と向き合う際には万全の準備と、発症時の迅速な通院を心がけてください。
皮膚科医が警鐘を鳴らすブユ刺咬症の重症化リスク