私のささやかな平和な日常は、ある日の夕方、一杯のご飯を炊こうとした、その瞬間に崩れ去りました。いつものように、キッチンの隅に置いてある米びつからお米を計量カップですくった時、米の中に、何本か、細い蜘蛛の巣のようなものが張っているのに気づいたのです。最初は、「ホコリでも入ったのかな」と、あまり気にしませんでした。しかし、よく見ると、その糸の周りには、黒い小さなフンのようなものが付着しており、米粒同士が不自然に固まっています。そして、カップの底の方で、白くて小さなイモムシが、うごめいたのを見てしまいました。全身に鳥肌が立ちました。これは、ただごとではない。そう直感した私は、スマートフォンで「米 虫 糸」と検索しました。画面に表示されたのは、おびただしい数の「ノシメマダラメイガ」の画像と、その生態に関する絶望的な情報でした。私の家の米びつが、蛾の繁殖拠点、つまり「巣窟」になっていたのです。私は、震える手で米びつの底まで米をかき出してみました。すると、出てくるわ、出てくるわ。数十匹はいるであろう、幼虫の群れ。そして、蛹の抜け殻のようなものまで。その光景は、まさに悪夢そのものでした。もちろん、そのお米は全て廃棄しました。十キロ近くあったお米を、ビニール袋に何重にも包んでゴミに出す時の、あの虚しさと罪悪感は、今でも忘れられません。しかし、悲劇はそれだけでは終わりませんでした。発生源が米びつだっただけで、すでに成虫となった蛾は、キッチン中に広がっていたのです。近くに置いてあったパスタの袋の中にも、素麺の箱の中にも、あの忌まわしい幼虫と糸が見つかりました。その夜から数日間、私は、キッチンにある全ての乾物を点検し、廃棄し、そして棚という棚をアルコールで拭き上げるという、途方もない作業に追われました。この苦い経験から学んだのは、食品の保存に対する意識の重要性です。あの日以来、我が家では、米や粉製品は、必ず密閉容器に入れて、冷蔵庫で保存するというのが、鉄の掟となりました。「たかが虫」と侮ってはいけません。彼らは、私たちの少しの油断を、決して見逃してはくれないのです。