凶暴で、巨大な顎と強力な毒針を持つ、空のハンター、スズメバチ。その圧倒的な存在感を前にすると、「市販の殺虫剤ごときで、本当に倒せるのだろうか」と、多くの人が不安に思うかもしれません。しかし、結論から言うと、正しく使用すれば、市販のハチ専用殺虫剤は、スズメ-バチに対して絶大な効果を発揮します。その秘密は、殺虫剤に含まれる「ピレスロイド系」と呼ばれる成分と、昆虫ならではの体の仕組みに隠されています。ピレスロ-イド系の殺虫成分は、昆虫の神経系に作用する「神経毒」です。この薬剤がスズメバチの体に付着すると、皮膚や、体の側面にある「気門」と呼ばれる呼吸のための穴から、速やかに体内に浸透します。そして、神経細胞の働きを異常に興奮させ、正常な情報伝達を麻痺させてしまうのです。これにより、スズメバチは体の自由を奪われ、飛ぶことも、歩くこともできなくなり、やがては全身の痙攣を起こして死に至ります。人間のような哺乳類は、体内にこのピレスロイドを分解する酵素を持っているため、少量であれば比較的安全性が高いとされていますが、昆虫であるスズメバチは、この毒を分解することができず、直接的なダメージを受けてしまうのです。さらに、ハチ専用として販売されている殺虫剤には、この即効性の高いピレスロイドに加えて、「ノックダウン効果」を高める成分が配合されていることがほとんどです。これにより、薬剤が命中したスズメバチは、反撃する間もなく、その場で羽ばたきを止めて落下します。また、強力なジェット噴射機能を備えているため、数メートル離れた安全な距離から、大量の薬剤を的確に浴びせることができるのも、効果を高める大きな要因です。つまり、スズメバチが殺虫剤に弱いのは、彼らが昆虫としての生理的な弱点を持ち、そして市販の殺虫剤が、その弱点を突くために、科学的に、そして物理的に、非常に巧みに設計されているからなのです。
スズメバチに殺虫剤が効く本当の理由