私はかつてゴキブリを一匹見かけるだけで椅子の上に飛び上がり震えながら殺虫スプレーを部屋中に乱射してしまうほど彼らに対する恐怖心が強い人間でした。しかしどれほど逃げ回っても奴らは隙を突いて現れます。ある夏の夜ついに私はこのままでは自分の家で安らかに眠ることもできないと悟り徹底的にゴキブリの殺し方を研究し恐怖を克服するための実践訓練を開始しました。その結果辿り着いたのが凍結と距離の確保を軸にした自分なりの必勝法です。かつての私が失敗していた最大の理由は焦って近づきすぎることでした。近づけば近づくほど奴らがこちらに向かって飛んできたり足元を駆け抜けたりするリスクが高まりそれがパニックを増幅させていたのです。私が導入した最強の武器はロングノズルを備えた凍結スプレーでした。これにより二メートル以上の距離を保ちながら相手の機動力を取り戻すことが可能になりました。初めてその武器を実戦で試した時の衝撃は忘れられません。キッチンの壁に止まっていた巨大な影に対し私は深呼吸をして狙いを定め一気に噴射しました。以前の殺虫剤であれば奴は死ぬ前に狂ったように走り回り私はその姿に絶望を感じていましたが凍結スプレーを浴びた瞬間奴は一歩も動くことなく白く凍りつきそのまま床にポトリと落下しました。暴れられることもなく毒物の匂いも残らない。その静かな決着が私の心に初めて勝てるという確信を与えてくれたのです。この成功体験から私は殺し方の動作にも自信が持てるようになりました。今では奴が現れてもまずは敵の姿勢を観察します。触角が激しく動いているときは警戒状態にあるためまずは数秒間待って動きを止めさせます。そして逃げ道となる冷蔵庫の下や家具の隙間をあらかじめ自分の立ち位置で塞ぎつつ一気に仕留める。さらに退治した後の後処理についてもかつては触れることさえ嫌でしたが今はビニール袋を二重にした手袋を作り迷いなく遺体を回収できるようになりました。一連の動作をルーティン化することで恐怖という感情が入り込む隙をなくしたのです。かつては被害者として怯えていただけの私が今では自宅の警備責任者としての自覚を持って対処しています。ゴキブリの殺し方をマスターすることは単に虫を殺す技術を得ることではなく自分の生活空間を自分の支配下に戻すという精神的な勝利であるのだと今の私は強く確信しています。